2009.01.31 Saturday
手抜きの逞しさ
画像はヒラフスベ。
2008/10/25、名古屋市内にて撮影。
広葉樹から、この様にモコモコとした
餅の様な不定形な膨みで発生するのが特徴のキノコだ。
このヒラフスベは樹種不明の立ち木の
約2mの高さに発生していた。
どの方向から撮っても
必ず逆光になってしまう位置だったので
どうにも撮影がし難く、
更に足場の不安定な場所で
少し背伸びをしないとフレームに収まらない高さの為、
どうしても画像がピンボケになり勝ちだった。
このキノコに出逢ったのは10/25だったのだが
数日前にこの場所に来た時には全然気が付かなかった。
キノコ探索ではどうしても地面を中心に見てしまうので
この様な高さに発生していると中々気付き難い物だ。
この個体では既に褐色を帯びているが
新鮮な状態ならこの様に真っ白だった筈だ。
こちらは2005/08/09、東京の井の頭公園にて撮影。
この個体は、柵の向こう側の桜の木から発生していたので
これ以上近付けなかったのが残念だった。
色付き始めているとは言え、まだ弾力はあった。
この様に、指で押すと凹んでしまった。
一部、もぎ取ってみた。
まるで和菓子の様だ。
中は栗餡の様で、ますますもって和菓子に見えてしまうw
表面には管孔が見える。
ヒラフスベはサルノコシカケの仲間なのだが
実は管孔では滅多に胞子を形成しないらしい。
では、どうやって繁殖をしているか、と言えば
子実体を形成している菌糸が成熟すると、
分裂して「厚膜胞子」と言う胞子に変化し、
それを飛散する事によって繁殖しているのだ、と言う。
上の画像で栗餡の様になっているのが
菌糸が既に胞子になり始めている状態なのだ。
図鑑によると、管孔を形成する事自体が少ない事の由。
画像の個体は、ほぼ全面に管孔を形成しているので
珍しい方の個体なのかも知れない。
こちらは4日後、10/29の様子。
全体に色が濃くなっている。
近寄って見てみると、表面に分解水が滲み出ていた。
黒い程に濃い赤が毒々しい。
まるで小さな甲虫が群がっている様にも見える。
「分解水」とは、菌が成長し養分を吸収する際に
加水分解作用により生成、排出される水分の事。
一部のキノコは、子実体表面に
分解水を多く分泌する事が知られている。
キノコの種類によって分解水の色が違っており
透明な物(→こちら)、淡い色の物(→こちら)、
そして毒々しい色の物まである(→こちら)。
だが、ヒラフスベがこの様に
分解水を分泌する事はどの資料にも無かったので
これはちょっと意外だった。
それだけこの個体は成長が旺盛、と言う事なのかも知れない。
試しに分解水をティッシュに吸い取らせてみた。
そうしたら褐色だった。
思ったより赤くなかった……
ヒラフスベが、幼菌の時は白いのだが
成熟するに連れ褐色がかって来る、と言うのは
この分解水によって
着色される、と言う事なのかも知れないなぁ。
ただ、井の頭公園での個体の表面には
透明な水滴が付着していたので
分解水は成長段階によっても
色が変わる物なのかも知れない。
こちらはその3日後、11/01の様子。
分解水はすっかり消えていた。
表皮もすっかり硬くなり、一部ひび割れていた。
表面の管孔もくっきりと見える。
だが、其処で胞子が形成されているのかどうかは判らない。
こちらは9日後、11/10の様子。
ひび割れが大きくなり、一部穴が開いていた。
こちらは3週間後、12/02の様子
もう完全に老熟状態。
穴も大きくなり、中身の胞子も減っていた。
一部、表皮を剥ぎ取ってみた。
中身は成熟した胞子がぎっしり。
一部を手に乗せて潰してみる。
少し手応えがあったが、さらさらの粉末になった。
Webで検索すると、
表皮が消失して胞子の塊だけの
状態になっている個体の画像もあったが(→こちらの3枚目画像)
この個体の表皮はかなり丈夫な様だ。
この様な生態から、ヒラフスベは当初、
ホコリタケの一種と考えられていたらしい。
確かに無理も無いだろう。
ホコリタケの仲間で、良く似た名前のオニフスベも、
白いもこもことした色・形と言い(→こちら)、
成熟すると胞子の塊になってしまう点と言い(→以前の日記、こちら)
生態的にも似ているものなぁ。
通常のサルノコシカケの仲間では
管孔で担子胞子と言う、有性生殖の胞子を形成するのだが
このヒラフスベは、先に書いた様に
菌糸が変化した厚膜胞子で繁殖する。
つまり、有性生殖を放棄し
無性生殖での繁殖に特化しているのだ。
ヒラフスベはアイカワタケ、マスタケに極近い種との事。
アイカワタケ、マスタケは通常、
管孔で有性生殖の担子胞子を形成しているのだが
時としてヒラフスベと同じく、
菌糸が変化した厚膜胞子を形成する事があるらしい。
アイカワタケ、マスタケの中の
厚膜胞子を形成する性質が突出して進化したのが
このヒラフスベなのかも知れないなぁ。
多くの生物が有性生殖をしているのは
異なる性の遺伝情報を掛け合わせる事によって
多彩な遺伝子の組み合わせを生み出し
環境の変化などに対応して
種としての生存の可能性を図る為なのだが
無性生殖はクローン作成になる為に
遺伝子の多様性は望めない。
アイカワタケ、マスタケでは
有性生殖をしていたのに
ヒラフスベではその能力を退化させてしまった。
言わば「手抜きの繁殖方法」と言える。
クローンだけで繁殖する、と言うのは
つまり、ヒラフスベはクローンによる繁殖だけで
様々な環境の変化に対応出来るだけの逞しさを
身に着けた、と言う事なのだろう。
厚膜胞子と言う、
名の通り、厚い膜に包まれた胞子を形成する、と言うのも
丈夫な胞子で環境の変化への対応している、
と言う事なのかも知れない。
ただ、ごく稀にヒラフスベも
有性生殖する為に、
普通のキノコの形態になる事もある由。
こうなると、アイカワタケ、マスタケと
外見的な区別は殆ど出来無い(→こちら)。
クローンで繁殖出来無い、何かの理由が
この個体にはあったのだろうか。
または、何かの理由で
たまたま先祖返りをしてしまったのだろうか。
それとも、刺激を求めてのちょっとした遊びなのか。
当方には窺い知れない、
何かの理由はあるのだろうけどなぁ……
所で、このヒラフスベ。
とても食べられそうに無い様に見える。
実際、どの掲載図鑑にも「食不適」と書かれている。
だが、実はとても美味なキノコなのらしい。
特に天ぷらとホイル焼きが絶品、の由(→こちら)。
ただ、それは恐らく
菌糸が胞子に変化する前の、極若い内の間だけだろう。
この個体では、当方が出逢った時点で
既に胞子になってしまっていたので
もう遅かったと思われる。
次回は是非幼菌に出逢って、試食してみたい物だ。
アイカワタケ、マスタケも極若い内は食用、との事なので
同じく美味しいのかも知れないなぁ。
※マスタケに関しては新たな情報を元に
別の記事を書きましたので
よろしければそちらもご覧下さい(→こちら)。
2008/10/25、名古屋市内にて撮影。
広葉樹から、この様にモコモコとした
餅の様な不定形な膨みで発生するのが特徴のキノコだ。
このヒラフスベは樹種不明の立ち木の
約2mの高さに発生していた。
どの方向から撮っても
必ず逆光になってしまう位置だったので
どうにも撮影がし難く、
更に足場の不安定な場所で
少し背伸びをしないとフレームに収まらない高さの為、
どうしても画像がピンボケになり勝ちだった。
このキノコに出逢ったのは10/25だったのだが
数日前にこの場所に来た時には全然気が付かなかった。
キノコ探索ではどうしても地面を中心に見てしまうので
この様な高さに発生していると中々気付き難い物だ。
この個体では既に褐色を帯びているが
新鮮な状態ならこの様に真っ白だった筈だ。
こちらは2005/08/09、東京の井の頭公園にて撮影。
この個体は、柵の向こう側の桜の木から発生していたので
これ以上近付けなかったのが残念だった。
色付き始めているとは言え、まだ弾力はあった。
この様に、指で押すと凹んでしまった。
一部、もぎ取ってみた。
まるで和菓子の様だ。
中は栗餡の様で、ますますもって和菓子に見えてしまうw
表面には管孔が見える。
ヒラフスベはサルノコシカケの仲間なのだが
実は管孔では滅多に胞子を形成しないらしい。
では、どうやって繁殖をしているか、と言えば
子実体を形成している菌糸が成熟すると、
分裂して「厚膜胞子」と言う胞子に変化し、
それを飛散する事によって繁殖しているのだ、と言う。
上の画像で栗餡の様になっているのが
菌糸が既に胞子になり始めている状態なのだ。
図鑑によると、管孔を形成する事自体が少ない事の由。
画像の個体は、ほぼ全面に管孔を形成しているので
珍しい方の個体なのかも知れない。
こちらは4日後、10/29の様子。
全体に色が濃くなっている。
近寄って見てみると、表面に分解水が滲み出ていた。
黒い程に濃い赤が毒々しい。
まるで小さな甲虫が群がっている様にも見える。
「分解水」とは、菌が成長し養分を吸収する際に
加水分解作用により生成、排出される水分の事。
一部のキノコは、子実体表面に
分解水を多く分泌する事が知られている。
キノコの種類によって分解水の色が違っており
透明な物(→こちら)、淡い色の物(→こちら)、
そして毒々しい色の物まである(→こちら)。
だが、ヒラフスベがこの様に
分解水を分泌する事はどの資料にも無かったので
これはちょっと意外だった。
それだけこの個体は成長が旺盛、と言う事なのかも知れない。
試しに分解水をティッシュに吸い取らせてみた。
そうしたら褐色だった。
思ったより赤くなかった……
ヒラフスベが、幼菌の時は白いのだが
成熟するに連れ褐色がかって来る、と言うのは
この分解水によって
着色される、と言う事なのかも知れないなぁ。
ただ、井の頭公園での個体の表面には
透明な水滴が付着していたので
分解水は成長段階によっても
色が変わる物なのかも知れない。
こちらはその3日後、11/01の様子。
分解水はすっかり消えていた。
表皮もすっかり硬くなり、一部ひび割れていた。
表面の管孔もくっきりと見える。
だが、其処で胞子が形成されているのかどうかは判らない。
こちらは9日後、11/10の様子。
ひび割れが大きくなり、一部穴が開いていた。
こちらは3週間後、12/02の様子
もう完全に老熟状態。
穴も大きくなり、中身の胞子も減っていた。
一部、表皮を剥ぎ取ってみた。
中身は成熟した胞子がぎっしり。
一部を手に乗せて潰してみる。
少し手応えがあったが、さらさらの粉末になった。
Webで検索すると、
表皮が消失して胞子の塊だけの
状態になっている個体の画像もあったが(→こちらの3枚目画像)
この個体の表皮はかなり丈夫な様だ。
この様な生態から、ヒラフスベは当初、
ホコリタケの一種と考えられていたらしい。
確かに無理も無いだろう。
ホコリタケの仲間で、良く似た名前のオニフスベも、
白いもこもことした色・形と言い(→こちら)、
成熟すると胞子の塊になってしまう点と言い(→以前の日記、こちら)
生態的にも似ているものなぁ。
通常のサルノコシカケの仲間では
管孔で担子胞子と言う、有性生殖の胞子を形成するのだが
このヒラフスベは、先に書いた様に
菌糸が変化した厚膜胞子で繁殖する。
つまり、有性生殖を放棄し
無性生殖での繁殖に特化しているのだ。
ヒラフスベはアイカワタケ、マスタケに極近い種との事。
アイカワタケ、マスタケは通常、
管孔で有性生殖の担子胞子を形成しているのだが
時としてヒラフスベと同じく、
菌糸が変化した厚膜胞子を形成する事があるらしい。
アイカワタケ、マスタケの中の
厚膜胞子を形成する性質が突出して進化したのが
このヒラフスベなのかも知れないなぁ。
因みに、この3種の関係は複雑との事。
興味ある方は、こちらを参照して下さい(→こちらの論文要旨の2段目)。
多くの生物が有性生殖をしているのは
異なる性の遺伝情報を掛け合わせる事によって
多彩な遺伝子の組み合わせを生み出し
環境の変化などに対応して
種としての生存の可能性を図る為なのだが
無性生殖はクローン作成になる為に
遺伝子の多様性は望めない。
アイカワタケ、マスタケでは
有性生殖をしていたのに
ヒラフスベではその能力を退化させてしまった。
言わば「手抜きの繁殖方法」と言える。
クローンだけで繁殖する、と言うのは
つまり、ヒラフスベはクローンによる繁殖だけで
様々な環境の変化に対応出来るだけの逞しさを
身に着けた、と言う事なのだろう。
厚膜胞子と言う、
名の通り、厚い膜に包まれた胞子を形成する、と言うのも
丈夫な胞子で環境の変化への対応している、
と言う事なのかも知れない。
ただ、ごく稀にヒラフスベも
有性生殖する為に、
普通のキノコの形態になる事もある由。
こうなると、アイカワタケ、マスタケと
外見的な区別は殆ど出来無い(→こちら)。
クローンで繁殖出来無い、何かの理由が
この個体にはあったのだろうか。
または、何かの理由で
たまたま先祖返りをしてしまったのだろうか。
それとも、刺激を求めてのちょっとした遊びなのか。
当方には窺い知れない、
何かの理由はあるのだろうけどなぁ……
所で、このヒラフスベ。
とても食べられそうに無い様に見える。
実際、どの掲載図鑑にも「食不適」と書かれている。
だが、実はとても美味なキノコなのらしい。
特に天ぷらとホイル焼きが絶品、の由(→こちら)。
ただ、それは恐らく
菌糸が胞子に変化する前の、極若い内の間だけだろう。
この個体では、当方が出逢った時点で
既に胞子になってしまっていたので
もう遅かったと思われる。
次回は是非幼菌に出逢って、試食してみたい物だ。
アイカワタケ、マスタケも極若い内は食用、との事なので
同じく美味しいのかも知れないなぁ。
※マスタケに関しては新たな情報を元に
別の記事を書きましたので
よろしければそちらもご覧下さい(→こちら)。